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宇佐美松鶴堂

USAMI-School
- VOICE -

外国人後継者/
海外からの視点

「息を整える」修復の心
― 日本の技に魅せられて
フィリップ・メレディスさん
(ボストン美術館 日本美術保存修復家)
▲ 直秀(後の九代目直八)との作業
▲ 折伏を入れる作業

 1973年に英国ブライトン美術大学を卒業し、1977年に初めて日本を訪れました。最初は英語教材を扱う仕事をしていましたが、日本で暮らすうちに、美術作品の保存や修復に強い関心を持つようになりました。
西洋の修復は「科学と理論」に基づき、劣化の分析や保存環境の制御を中心に行われます。物理的な補修は最小限にとどめるのが基本です。しかし、日本の修復はまったく異なり、素材そのものに直接触れ、手を介して作品の“生命”を取り戻していく――その考え方に深く惹かれました。

▲ 直秀(後の九代目直八)との作業

 東京で暮らしていた頃、京都の宇佐美松鶴堂の存在を知りました。どうしても学びたいと何度も足を運び、ようやく許可を得て、1981年から1992年まで修行させていただきました。欧米出身者として日本の伝統的な修復技術を本格的に学べたことは、かけがえのない経験です。

 工房での日々は、まさに「文化を身体で学ぶ時間」でした。和紙・裂(きれ)・糊という三つの素材を単なる材料としてではなく、それぞれに“呼吸”や“気配”を感じながら扱う。糊の濃度ひとつで紙の伸びや貼りの表情が変わり、裂の選び方で作品の印象がまったく違ってくる。西洋が「構造の理解」から始まるとすれば、日本の修復は「素材との対話」から始まるのです。私はその違いに驚きながらも、職人たちの繊細な感覚を少しずつ体得していきました。

▲ 折伏を入れる作業

 印象に残る仕事のひとつが、京都の寺院で行った障壁画や襖絵の修復です。数百年を経た作品を解体し、裏打ちを改め、修理後に再び現地で組み直すという大がかりな作業でした。湿度や温度、搬送時のわずかな変化が作品に影響を与えるため、細部まで気を配りながら慎重に進めました。そのとき実感したのが「直すのではなく、息を整える」という日本の言葉の意味です。修復とは傷を隠すことではなく、作品が再び語り始めるための呼吸を整えることなのだと学びました。

 工房には職人や研究者、そして海外からの見学者も多く、伝統の中にありながら開かれた空気がありました。文化を受け継ぐとは、閉じた世界を守ることではなく、異なる文化と出会いながら本質を問い続けることなのだと感じました。異国の立場にいたからこそ、日本の修復の強みと美しさをより鮮明に理解できたのかもしれません。

 十年にわたる修業の後、ライデン国立民族学博物館やボストン美術館で東洋絵画の修復に携わりました。日本で学んだ技と感覚を欧米の現場に伝えることが、自分の使命だと思っています。日本の修復には、紙の繊維の向きを指で感じ、糊の乾きを呼吸で判断するような“手の記憶”が数多くあります。私はその知を科学的な記録や映像と結びつけ、国際的な保存技術の体系に位置づけていくことを目指しています。

 修復とは、作品を元の姿に戻すことではありません。作品に刻まれた時間と人の想いを、未来へ手渡す行為です。私はこれからも、日本で学んだ「息を整える」修復の心を胸に、文化の橋渡しを続けていきたいと思っています。

大学教授/
教育・研究者の視点

これからの若い世代に
表具や文化財保存を伝える
杉山恵助さん
(東北芸術工科大学 教授)
▲ 2004年 第89回表展会場
▲ 1998年 正智院

 山形県鶴岡市の表具屋に生まれ、幼い頃から父や祖父が掛軸を仕立てる姿を見て育ちました。父の打ち刷毛の音を子守唄のように聞きながら眠っていたことを、かすかに覚えています。進路を強いられたことはありませんでしたが、気づけば表具と修復の道に心が向いていました。

▲ 2004年 第89回表展会場

父・杉山昌士も若い頃、宇佐美松鶴堂で十年間修行し、多くを学びました。私が生まれる前に「息子をよろしくお願いします」と先々代にお願いしたそうで、そのご縁のおかげで、私も宇佐美松鶴堂にお世話になることになりました。父の背中を追い、宇佐美さんで働くことに恥じないよう、大学では文化財科学を学び、1997年に住み込みで修行を始めました。父と同時期に住み込みをしていた友人たちが工房で技術者として活躍しており、その皆さんに表具と修復の技を丁寧に教えていただきました。

多くの先輩方が働く工房に加わり、毎日が新しい学びの連続でした。先輩の仕事を見て経験を積む中で、何気ない作業ひとつにも自分との技術の差を痛感し、少しでも近づきたいと努力を重ねていました。表具や修復の技術は奥が深く、難しいからこそ刺激に満ちていました。
当時の工房では写真撮影も重要な業務のひとつで、先輩方が高い技術で取り組む姿に影響を受け、私自身もカメラや機材に強い関心を持つようになりました。また、職場には海外からの研修生も常に出入りしており、伝統的な工房でありながら、国際的な空気に包まれたその環境に、強い驚きと刺激を受けたことを覚えています。

▲ 1998年 正智院

 実際に「糊・紙・裂」という素材に触れたとき、そのシンプルさと奥深さに強く惹かれました。和紙は強く美しい一方で、水に濡れるとすぐに形が変わります。糊を含ませた状態で扱うのは本当に難しく、表具裂の組み合わせも一幅ごとに異なります。素材を理解し、その性質を生かしながら調和させることの大切さを、身をもって学びました。
 印象に残っている仕事は数え切れませんが、特に記憶に残るのは本願寺御影堂の平成大修復です。大きな障壁画を工房に運び込み、修理を終えた後に現地で再び組み込むまで、仲間と力を合わせて取り組みました。チームワークの大切さを実感した仕事でした。西本願寺で年末に行う障子の貼り替え作業も、寒さの中での苦労とともに、今では懐かしく楽しい思い出です。

 修行時代は、少しでも早く一人前になりたいと焦る気持ちもありました。失敗も多く、思い通りにいかないことばかりでしたが、宇佐美松鶴堂には常に思いやりのある環境があり、先輩方が成長の機会をたくさん与えてくださいました。その支えがあったからこそ、今の自分があります。

 私にとって表具とは、仕事であり、趣味であり、そして生き方そのものです。父や祖父の背中を見て育ち、今は大学で教える立場になりましたが、今も心の中では表具師であり続けたいと思っています。研究者として表具の歴史を学びながら、材料や技術の魅力を次の世代に伝えていくことが、自分の役割だと感じています。

 現代では家庭に和室が減り、掛軸を飾る文化も日常から離れつつあります。こうした中、表具の技術や文化をどのように後世へ伝えていくかは大きな課題です。文化財修復の大切さを伝えるとともに、修復や表具の持つ楽しさや面白さといった魅力を発信していきたいという思いを、学生たちと共有しています。その魅力に惹かれ、文化と技術を受け継いでいきたいと思う人が、次の世代から生まれてくれることを願っています。

女性職人/
文化財修理現場の視点

手でつなぎ、心でつなぐ
城山好美さん
(株式会社 松鶴堂 修理技術部)

 幼いころから身近にあった着物に惹かれていました。地域の行事や博物館で伝統文化に触れるうちに、その世界に自然と興味を持つようになりました。大学で「文化財修理」の話を聞いたこと、新聞で修理後の公開記事を目にしたことがきっかけで、文化財を守る仕事に関わりたいと思うようになったんです。

 初めて宇佐美松鶴堂に入ったとき、「創業210年のあゆみ」という言葉と、軸装・額装された家訓が目に入りました。その瞬間、会社の長い歴史と責任をずっしり感じたのを覚えています。棚いっぱいに並ぶ裂地の数々、その新旧が入り交じる風景は今も忘れられません。

 入社してすぐ、先輩方から多くの技術を学びました。その中でも特に難しかったのは「解体」の工程です。文化財は非常に繊細で、わずかな力加減でも状態が変わってしまいます。慎重さと判断力の両方が求められました。修理を通して感じたのは、文化財に対する感覚、実現するための技術、そして材料の理解――この三つがそろってこそ、ひとつの仕事が成り立つということです。

▲作業風景

 印象に残っているのは、普段なら特別な場所にしかないお品が目の前にある瞬間の緊張感です。その空間で、隅々にまで神経を行き渡らせて作業する先輩方の姿は、今も憧れの風景として心に残っています。

 入社当初は「技術の継承」を強く意識していました。自分の技術を高めながら、学んだことをどう次へ伝えていくか。周囲の方々がいつも見守ってくださり、技術面でも精神面でも支えられていたと感じます。

 文化財は、その国や地域の過去・現在・未来の営みを映すものだと思っています。心を揺さぶられる存在です。私たちが今目にしている文化財は、先人たちが守り伝えてきた努力のたまもの。その想いを受け取った私たちには、未来へつなぐ責任があると感じます。文化財を見て心が動いたなら、それはもう「ようこそ文化財の世界へ」という合図かもしれません。そんな出会いから、この仕事の道が始まるのだと思います。

 修理の現場で大切にしているのは、「保存の中に修理がある」という考え方です。損傷があるからといって、すぐ修理することが最善とは限りません。どうすればより安全に、永く文化財を守れるのかを考えること。その上で、関係する方々とチームとして柔軟に向き合う姿勢を大切にしています。

 これからの文化財修理も、伝統的な技術や材料、科学的な検証を組み合わせながら、長く続いていってほしいと思います。時代の変化の中で、材料の確保が難しくなっていることもありますが、支援策が動き出していることに希望を感じます。文化財に関わる人々が「何を残すのか」という価値観を共有しながら歩んでいくことが、未来をつくる力になると信じています。

 文化財修理の仕事は、技だけでなく人の想いを受け継ぎ、次へとつないでいくこと。その手のぬくもりが、きっと未来の誰かの心をも動かしていくのだと思います。

USAMI-School卒業生一覧

USAMI-Schoolでは、伝統技術を学び、新たな表現へとつなげる人材が数多く育ってきました。ここでは、その歩みを共にした卒業生たちをご紹介します。